新幹線に乗ってトイレに入ると「便器に物を捨てないで下さい。」という注意書きがありましたが、その直訳、“Don’t throw things in the toilet.”を読んでわかるのは日本人だけです。それは日本人の持つ発想(shared cultural assumptions)から行間を読んで理解しているからで、これを英訳しているのを見ると、”Please dispose of non-paper objects in the receptacle provided.”とあります。

日本語に訳すと「紙以外のものは備え付けの容器に捨ててください。」となり、まさにこれこそ日本人以外のどんな国の人が読んでもわかるいわゆる”borderless Japanese”で、先程のあいまいな日本語と比べると雲泥の差です。もっとも「紙以外の物は便器に捨てないで下さい。」という注意書きも別のトイレで見つけましたが、いずれにしてもあいまいで不親切、「じゃあどうすればいいのか?」という質問を予測した配慮がなされていません。

また、新幹線のチケットカウンターなどに「毎度ご利用ありがとうございます。」というnoticeがあり、それを直訳すると、”Thank you for using the Shinkansen again.”となります。ところが一般に英訳は”Thank you for the ticket purchase.”となっています。正確さ・論理性の点からこの二つを比較してみてください。すると、初めて新幹線を乗ろうとする人がいるかもわからないのに十把一絡げに「毎度」と言ってもいいのか?まだ乗ってもいなくて、チケットを買いに来ただけなのに「ご利用」とはおかしくないのか?という疑問が起こってきます。

こういった不正確な日本語も日本人の発想(shared cultural assumptions)から来ており、直訳するとnon-Japaneseには訳のわからないものになってしまいます。この「毎度」は、商人のイディオムみたいなもので、”every time”とか“again”のような意味はなく、同様に、新幹線に乗ったときに聴く放送の「本日も新幹線をご利用して頂きありがとうございます。」の英語は、”Welcome to the Shinkansen Bullet Train. This is Hikari……..”となり、「本日も」はまったく厳密な意味を持たない日本語であることがわかります。

こういった例はこの他にもたくさんあり、日本人の話す英語が通じにくいか誤解を招く理由の一つになっています。例えば日本人特有の「謙譲」の気持ちがそうです。よく儀式などのスピーチで「僭越ながら開会の辞を取らせていただきます。」と言うのを直訳して、”It is presumptuous of me to make an opening speech today.” とすると、英語国民からすると、どうして”opening speech” をするのが”presumptuous(生意気)”なんだろう? もしそう思うなら最初からしなければいいのに。となって「言語文化の違い」から訳のわからない英語になってしまいます。この表現は日本語では自然でも、英語のlanguacultureには無いので、英語の発想に変えて、”It is a great honor to make an opening speech today. (本日は開会の辞を取らせて頂きとても光栄です。)”と言うと、文脈に合った自然な英語になります。

  さて、この章ではこういった日英の言語文化を比較分析しながらその違いを理解していただくと同時に、問題練習によって日本語の発想への洞察を深め、英語の発想を表現できるようにトレーニングしていただきましょう。